2009-12-18

愛する

イエス様が来られるのを待ち望むこの時。

今年は「愛する」ことの自主性、能動性について
考えさせられています。

相手がこうしてくれるだろうから、
自分の期待通りのことを言ってくれるから、
愛する。
愛し続ける。



愛するって本当はそうではないのかもしれません。



相手が自分の思いを受け取ってくれなくても、
それを喜んでくれなくても、
期待通りに返してくれなくても、
こちらは変わらない。
それでも、愛する。
愛し続ける。


なぜなら、愛とは相手の態度によらない行為だから。
自分がどうするか、という意志の世界。



人があざけろうが、
ののしろうが、
裏切ろうが、
自分のいのちを奪おうが、
それでも、イエス様の愛は変わらなかった。


どんなに、嫌な思いをされたでしょうか。
辛抱し尽くしてくださいました。


それでも、愛することをあきらめなかったイエス様。
あなたのように、なれるでしょうか。